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toko2の宿酔い日記

不惑を過ぎ未だ天命を知らぬ50オヤジの備忘録

あまり役には立たないけどちょっとした暇つぶしにはなるかもしれない日記です。
お時間のある時お立ち寄りください。
31 8月

安倍総理、お疲れさまでした

母の死去について書いてからまたもや間隔が空いてしまいました。
まあ、私の日記なんかいくら間隔が空こうがどうでもいいのですが、お読みくださる方にはご心配をお掛けしたやもしれず、申し訳ありませんでした。
無事、通夜葬儀も終え、来月四十九日の法要、納骨という運びでございます。
以上ご報告いたします。

さて。
8月28日、安倍総理が辞任しました。
7年8か月という今のところ憲政史上最長の期間、政権を率いた安倍首相に、心から感謝とお体の快癒を祈りたいと思います。

安倍さんほど毀誉褒貶の激しかった総理は、私が知る限り誰もいなかったと思います。

以前からこの日記をお読みの方はご存じの通り、私は8年前に瓦解した民主党政権を忌み嫌っておりましたが、その時批判した鳩山由紀夫や菅直人の在任中は毀誉褒貶ではなく毀貶の方が多く、誉褒の声はウルトラレフトウィングでさえ遠慮がちに小さい声で存在証明として囀るばかりで今やその声さえありませんが。

その左傾向の方々が、鳩菅内閣で思い通りにいかなかった憤懣を抱えて全精力を傾けて安倍総理を攻撃したのがこの7年8か月だったのだと言えば穿ちすぎでしょうか?

それでも、一定数の国民の支持を維持しながら辞任する安倍総理を、私は勝ったのだと思います。

もちろん、安倍政権の行った政策の全てに納得する気はありません。
アベノミクスの恩恵は私には全くと言っていいほどありませんでした。
会社が潰れたのも、それで転職せざるを得なかったのも安倍さんが首相についてから。

ですが、外交、安全保障については過去のどの内閣も出来なかったことを成し遂げ、今後の日本が生き残っていく指標を残してくれたことは多数の国民が認めるところです。
(もちろん、認めない人もいるんでしょうが)

マスコミや一部の自称知識人たちがなにやらゴチャゴチャと喧しい日々ですが、どうかたっぷりと休養なさって、また元気な笑顔をお見せください。

明日から9月。
そろそろまともな日記を書いていきたいです。

15 8月

ガン、三度(下)

後編が遅れました。

実は先日来、病院の母の容体が悪化しまして書く余裕を失っておりました。
本日、その母が死去しました。
昨年の発病から約1年。
享年91歳。
長生きはしてくれましたが、出来ればガンではなく老衰で穏やかに逝かせてあげたかったです。

コロナ禍のおかげでこの3か月見舞いにも行けず、昨日ホスピスへ転院のはこびとなり明日ようやく会えると思っていたのですが、間に合いませんでした。
死に目に会えなかったことは斬鬼の念に堪えません。
ただ、霊安室の母は存外に穏やかな顔でこの不出来な息子を迎えてくれました。
少し微笑んでいるようにも見える表情で。

・・すみません。
どうやら今日はこれ以上書けそうにありません。
ごめんなさい。

明日から通夜、葬儀などで忙しくなりますのでまたいつ書けるか分かりませんが、落ち着きましたらまた続けてまいります。

お読みくださってありがとうございました。
ではまた。

10 8月

ガン、三度(上)

妻が胸の異変をうったえたのは2年ほど前のことでした。
「なんかしこりがあるんだよね」
それを聞いて私は・・。
恥ずかしながら膨大な借金の返済と、いつまでたっても売り上げが上昇しない仕事のことで頭が一杯で、親身になることができませんでした。
「そうか・・。ちゃんと病院で診てもらえよ」
そう言ったきり、正直そのまま忘れていたのです。
のんきな妻がそのまま放置していたのも悪かったのですが・・。

昨年7月の終わりに、その妻が乳がんと診断されました。
既にリンパ節に転移しているということで、さすがの私も真剣になりまして病院へ同行。
医師の話を詳しく聞きました。
死んで欲しくありませんので。
その上で妻本人の意思で病巣の全摘という、女性としては重い決断の上、9月の手術が決まりました。

手術の成功を祈る日々を過ごしておりましたが、8月のある日。
今度は母が血管肉腫というがんに罹患いたしました。
がん、ふたたびです。
母は90歳という高齢。
日本人女性の平均寿命はとうに過ぎておりますから仕方ないといえばその通りですが、できればがんなどという病気ではなく健康なまま安らかに天寿を全うしてほしい。
そう祈りつつ、こちらもまた入院治療となりました。

妻と母。
男としては共に大切な存在がほぼ同時期にがんになるなどという、まずあまりない状況で重圧に押しつぶされそうな日々を送りましたが。

まず、妻の手術は成功し、その後の組織検査でも他の臓器への転移がなく無事退院の運びに。
また、母も放射線治療が奏功し、病気の進行が収まったということで、さすがに退院とはいきませんが加療継続ということになりました。

双方ともいつまた再発するかもしれませんが、まずは一安心。
ただ、同時期に何度かこの日記にも登場した我が家の愛犬が、妻の入院中に老衰で亡くなりました。


42017223.jpg


21歳と、パピヨンという犬種としては驚異的な長生きをしましたが、やはり愛犬の死は悲しかったです。

さて。
妻も退院し、何とか日常を取り戻しつつあった10月のある日。
朝起きたら左下腹部に異様な鈍痛。
仕事を休むほどではないと思いましたが、経験したことのない痛みに違和感があって近所の医院へ。
熱もなく、特に異状はなさそうと言いつつも、念のためにCT検査を勧められます。

ここで、今までの私であれば無視していたであろうと思うのですが、何故かこの時は医者の指示に従い、近くの総合病院の予約を入れました。
やはり、妻や母の件で用心深くなっていたのかもしれません。

1週間後、医院へ行くと。
「腎臓に腫瘍らしきものが認められるということです」
「詳しく調べることをお勧めします」
そう言われました。

まさか・・。
そして。
妻の入院していた病院の泌尿器科で検査してもらった診断は・・。

”腎臓がん”でした。

がんみたび。

つづく。


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